「イニシェリン島の精霊」

スリー・ビルボード」のマーティン・マクドナー監督の新作です。舞台は、1923年のアイルランド、小さな孤島イニシェリン島。

以下、ネタバレています。

 

人を完全に見下している神父や警官、人の不幸は蜜の味な雑貨屋の女店主なんかはわかりやすく酷いんだけど、長年親しくしていたパードリックに突然「お前の話はマジでつまらん、時間を無駄にしたくない、話しかけてきたら指切る、全部切る」って暴力的に拒否るコルムも酷い。周りの人たちもパードリックのこと「良い人なんだけどそれだけのバカ」と思っていた感じなのもしんどい。

彼らの気持ちもわかる。私の夫も優しいけど知識が本当になくて、たとえば昨日もミヒャエル・エンデの『モモ』の話をしようとしたら、エンデについて知らない。1から説明しないとダメだったりする。先日は冨樫義博が誰か説明した。一事が万事そんな感じで、話がスムーズにいかないことに小さくイラっとするからだ。つい呟いてしまうこともある。でもわからないことをわからないと言える夫のことを尊敬しているし、優しいところが好きだし、他にも良いところはたくさんある。私だって知らないことだらけだし。

と、最初はパードリックに同情的な目で観ていた。

でもパードリックだって、社会的弱者であるドミニクのことを下に見てるしシボーン(妹)が自分の面倒をみてくれて当然と思ってる。無自覚に。だから、そんなパードリックがドミニクの言う「Touché.」にポカンとした瞬間は、ちょっと胸がすくような気がしてしまった。拒絶された相手に、「そんなこと言ってるけど今はちょっと鬱なだけだろ?落ち着いたらまた仲良くやろうよ」とまるで別れたくても別れてくれない人のような態度にも引いた。そして「俺の飯は?」ってなんだよ。でも無自覚なんだよなあ。

だから、最後にはこの男たちの諍いについてどうでもいい気持ちでいっぱいになってしまった。

シボーンがそんな地獄から抜け出せて良かった。本当に良かった。船が島から離れていく時の笑顔、最高だ。でもドミニクが悲しい最期を迎えてしまったのは痛ましすぎる。彼を救う術はあの島にはなかったんだ。それがつらくて悲しい。

良い映画だった。

f:id:lulilala:20230131215926j:image