「キューブリックが語るキューブリック」

キューブリックが語るキューブリック」を見た。原題は「Kubrick by Kubrick」。今年発表されたドキュメンタリー映画で、Rotten TomatoesのTomatometerが100%。キューブリックの肉声コメントを中心に作品を初期から追ってシンプルに構成、彼の考え方がよりはっきりとわかるようになっていたのがファンとしてはとても嬉しかった。

私がキューブリック作品に初めて会ったのは、いつだったかはっきりとは覚えていない。たぶん子供の頃に観た「シャイニング」じゃないかと思う。その時はまだ子供だったし、ジャック・ニコルソンの怪演にもっていかれて、面白いけど作品についてどうこう思うことはなかった。しかしおそらく大学生の頃、NHK BSかWOWOWで放送された「博士の異状な愛情」を初めて観たときに、まるで胸を撃ち抜かれたくらい面白い!と感動したのだった。

それからレンタルビデオ屋に通い、彼の作品を一本ずつ借りて観ていった。普通、どんな巨匠にもピンとこない作品のひとつやふたつ必ずあると思うのだが、彼の作品にはそれがひとつもなかった。一本観るごとに、なんて面白いんだ…!と驚き感動し、作品が残りわずかになると絶望的な気持ちにすらなった。なんでこれしか撮らなかったんだ!と逆ギレしてしまうほどだった。

そんな私が彼の作品で一番好きなのは「フルメタルジャケット」だ。それは「突撃」でも「博士の異状な愛情」でもそうだったけど、キューブリックは徹底して現実を映し出すけれどその根底には反戦の意思があるように思えるから…。ともすれば皮肉屋と言われがちな彼だけど、真面目に戦争が人間の行いで最も馬鹿げたことだと思っているところが好きだ。甘いと思われてもそう思うんだから仕方ない。キューブリック本人に笑われるかもしれないけど。

というわけで、本作で印象に残ったコメントを以下紹介。

「人は自分の邪悪さには目を向けず、他者の中に悪を見いだすものだ。自分は善人で、他者は弱いか悪人だと考える。だから己の影の顔と直面させられると必ず問題が生じる。」

リアリストなキューブリックらしい言葉だと思う。

「時計仕掛けのオレンジ」が反社会的で暴力的な映画だという意見に対しては、こう返す。

「風刺の真髄とは虚構を真実のように見せることだ。少しでも知性があればアレックスをヒーローとは考えない。」

「少しでも知性があれば」の言い方ね!

「あなたの映画は絶望感を与えます」という質問に対しては、

「誤った仮定に基づいて人間の本質や社会状況を理解していたら…つまり人間を本質的に善良だと考えているなら、そうだろうね」

とコメント。

他にも印象的だったのは、

「20世紀のあらゆる芸術で失敗を招いた原因の1つは、独創性に固執しすぎたことだ。"革新"は前進を意味するが、古典的な形式や現行の手法を捨て去るわけじゃない。だが真の意味での芸術の爆発は、物語の構造から解放されたときに訪れるだろう」

そして最後に、だから好きなんだよな…と思った言葉を載せます。

「メロドラマは登場人物たちにさまざまな困難を与えることで、世界は善意に満ちたフェアな場所だと観客に示す。試練や苦難、不運な出来事のすべてはこのためにある。一方、悲劇や現実に近い形で人生を描写した作品では、観客は見たあとむなしさを覚えるかもしれない。だが、世界のありのままの姿を伝えない定石どおりの手法は、単なる娯楽作品でないかぎりあまり価値はないだろう。」

単なる娯楽作品であれば、定石どおりの手法に安堵し、心が癒されることもあると思う。弱っているときなんか特にね。でもそういう、ともすれば心のマスターベーションになってような作品ばかり選ぶようになってしまったら怖いと思うし、ストイックに現実や人間の本質を見つめた作品で心をシャンと正したいと思う。だから、そんな(かつ抜群に面白い)作品を作り続けたキューブリックの存在は、私にとってとても尊いものなのです。そして、そういう作品を今も作り続けている人たちを尊敬する。そんなことを思わせてくれた、本作だった。

再放送があるのかわかりませんが、機会があればぜひ見てみてください。そしてまだ彼の作品で観ていないものがある幸運な人は、ぜひ観て欲しいと思います。

 

キューブリックが語るキューブリック

https://www.nhk.jp/p/wdoc/ts/88Z7X45XZY/episode/te/KWRJ3N8RMJ/

予告編


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